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インド紀行(40歳)

石仏

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 その島のヒンドウー石窟寺院の壁画彫刻には、ポルトガル兵士の放った銃弾の痕跡が無数に残っていた。


 遠い海路の旅を終え、ボンベイの陸影が見えてきた時に、旅人が最初に上陸するのがこのアラビア海に浮かぶエレフアンタ島だ。マングローブの緑に囲まれた島は浅瀬にあるので、ボンベイから船でやってきた現代の旅行者は沖合でインド人が操る小舟に乗り換えて島に渡らねばならない。 この島の頂上にその寺院は残されていた。


  昔、キリスト教圏の国からやってきたポルトガル人らには、この島のヒンズー神の遺跡など興味がなかったのだろうか。案内人の話によると、彼らは自国から持参した葡萄酒に酔うと、この寺院の岩窟にある神々の石像を銃撃練習の標的にして発砲したのだそうだ。石の神は今もその弾痕を残している。


  しかし、彼らは本当に酔っていたのだろうか。


  遥かな海洋を旅してこの島にたどり着いた西洋人たちの前に突然現われた、この東方の石像達のミラクルな笑いを湛えた静かな瞳に見つめられた時、彼らの心の中では何かを破壊せずにはいられない慄きが働き、その心の上に酒を浴びせずにはいられなかったのではないだろうか。


  もしその時、月が照っていたとしたら、月は彼ら異国人の狼藉に顔を歪めたに違いない。破壊を免れた石の神々はどれも月の兄弟のように優しい微笑みを湛え、美しい青い光を放っていた。

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