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(一)ことの起こり


 ある夕暮れのこと、私は隣の町での商談を終えて、下淵沢の森の近くの道を歩いていました。 
 仕事がうまくゆきそうだという期待に胸をはずませて、あんまり一生懸命に歩いてきたものですから、すっかり汗をかいてしまい、下淵沢にさしかかった時はソヨと吹く風にあたり、ホッと息をつきました。
 ここまで来れば丘の下には私の村の灯も見えていますし、それに煙草も吸いたくなったので私は近くの草むらに腰をおろしました。
 藤色の空には、そろそろ黄色い星たちが顔をのぞかせて、その下をなにかの鳥たちが森のほうに帰ってゆくところでした。鳥は、たしかにくっきりと夕空に飛行の線をひき、それが星の一粒一粒を首飾りのようにつないで行くかに見えたのですが、その時、私は急に自分の身体が、フワリと軽くなったような気がしました。次の瞬間、私は自分の下に空が来て、草むらが空になったように思いました。それは子供の頃、月見草の咲く野原で、股の間から逆さまに夕空の月を見たときのような気分でした。

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 どうもフシギだな、と思っている私の目の前に、今度は一匹のキジがツンツンと近くの林の中から逆さまになって出て来るのが見えたではありませんか。キジはしばらくあたりをキョロキョロ見回していましたが、私をみつけると逃げ出すどころか「フン、人間か。」といったように目を細めて、空を仰ぎました。

 私もその様子がおかしかったので、しらんぷりをして草むらの上に寝ころんでいました。ますます空は下に来て、草は上から生えていました。その中をキジは少し歩いては止まり、又歩いては止まり、何事か困ったように首を振りながら私の方に近づいてきましたが

「僕ガ、モノ思イニフケル場所ヲ取ラレテシマッタ。マッタク、逆サマダ。」
 突然、こういう人間のような声が聞こえてきました。それはたしかに目の前のキジの声に違いないのでした。さらに驚いたことには、良く見れば、キジの頭には東南アジアあたりの草柄をしたバンダナが、まるで寿司屋の親父のように巻かれていたのです。
「ダガ、コイツハ何か出来ソウナ人間ニハ見エナイシ、僕ノ言葉ナンカ、第一ワカリッコナイノダカラ、少シモ困ッタコトジャナイ。」
 キジの言葉が又、聞こえました。それからキジはブツブツと最近起こった下淵沢の動物達の話を始めたのでした。でも、私にはその言葉が本当に良くわかったのです。特に「何も出来そうな人間には見えない」という言葉には、ムッとしたものか喜んでいいものか、ちょっと胸にさわりましたが、しかしとにかく私にはこの動物の話が、なんだか人間の話よりも良く分るような気がしました。
 その時のキジの話を、私なりに少しふくらませて書いておこうと思ったのが、これからお話しすることです。でも、私は下淵沢の森の中をたびたび歩きましたし、時々見かける動物たちはみんないっしょうけんめにやっていましたが、そこに動物村があることも、ああ、こんなことが動物達の間でも起きるのだろうなと思いました。

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