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(二)絵描きフクロウが発言


 ある初夏の、月のいい晩のことです。トカイ山のはずれの下淵沢の森の動物達が、カエデ路地にある居酒屋「ロレットット」にいつものように集まっていました。


 この店にやってくる動物達は、みんな気がよく、愉快で、それぞれの仕事もちゃんとやりながらお互いの才能と明日への夢をみとめあい、はげましあい、毎日楽しく杯をかわしあっておりました。この居酒屋「ロレットット」の店長が、あのバンナダのキジ親父だったのです。

 さて、その日の夜もだいぶふけた頃、誰かれともなく
「われわれ仲間達が、こうして毎晩酒を飲みかわしているのもいいが、たまには何かみんなで楽しいことをしないか。」 
「まことに賛成である。」 
「ひとつ、いまはやりの劇団をわれわれで作り、みんなで公演でもやったら愉快じゃないか。」 
「まことに賛成である。」 


 こんな話が持ちあがったのです。まあ、月のあんばいも良かったし柳ののれんをすぎる風も調子良く吹いていましたので、それは冗談半分くらいの話だったのでしょう。ところが、樫の木のカウンターでさきほどから酔いつぶれていた絵描きのフクロウさんが、突然立ち上がったかと思うと、目をパチクリさせながら大声で演説を始めたのです。


「そうだ、それはいい。近頃はあっちの森でも、こっちの森でも、有志たちが集まって、素人だか職人だか知らないが、もう沢山の劇団が出来ておる。その上にだな、この下淵沢にも立派な劇場広場が出来ました。しかるに、ヒック・・・、ここに集まるわれわれ動物達はったい何をしているかと言えばだな、毎晩、毎晩、ただ集まっては人間社会の横暴に対して、手も出せないくせにだ、くだらないホラばかりを吹いている・・・だけで・・・なーにひとつとして、ク、ク、クリエイチブなことなど何もやっちゃあいない。これは、もう、いけません。そうだ!エーかく申します私だって、酔っぱらってようがなにしようが毎晩、ちゃんと夜空の星で絵は描いていますぞ、ウイーと・・・そこでだ、・・・われわれ住人が劇団を作ろうなんざ、これは何と云う崇高なアイディアル。エート、タヌキ君、君が言い出したの?・・・ああ、違うのね、そうでしょうね・・・まあ、いい、まあ、いい、エエン、ま、とにかくこれをやらない手はありますまい。このことは下淵沢の発展に寄与するばかりか、人間の子供たちとの交流につながり、町長さんから表彰状なんかも頂けちゃうかも知れない、なんちゃって言ってみて。それにだ、エート何だっけ、そうそう、だいち見ましたか、立派なドングリをお客から取っている西土の森劇団なんか、ヒイイック・・・そりゃあ役者も演出もひどいもんだ。あの程度でいいのなら、われわれここに集まる仲間の方が気があうし、ヒック、どれだけ理論が上かしれない。そもそもだ、あたしに言わせれば、今日の動物画壇はだな、現代的であるとか、評論家の先生どもがだ、偉そうに、絵もろくすっぽわからねーのに・・・ウイ-・・・ちょいと話がずれたか、このタヌ公、(ポケッ!と頭をたたく音がして)まあ、何でも良いが、今こそ立ち上がれ、ウイー、ヒック・・・この僕が君達にはついているぞ。オオカミのトッペン君なんかに負けない背景画を作って見せてやる!」 とか何とか、絵描きのフクロウ先生、どうにもこうにも威勢のいいことばかりを叫んで、タヌキ君の頭をポカポカやっていましたが、又、酔いつぶれてしまいました。

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 さあ、こうなると皆は、北国から届けられた杏子酒を山芋の葉のコップでグイグイ飲んで、すっかりいい気持ちになっていましたから、この発言が火に油をそそいだようなもの、たちまち大騒ぎになりました。 (まあ、いつも酒が入るとハイになる動物達でしたが、芝居となると殊に皆好きなものですから、この夜はちょっと勝手が違ってハイハイだったのだそうです。)


「北国の青白い悩める王子の役をやりたい。」なんぞとツルの大工さんが・・・。 

「私は、あんみつ姫がいい。」とブタのオカミさんが・・・。
「この上なくキツネに愛された、貴族の男の物語りがやりたい。」と八百屋のタヌキが・・・。 

「私に装置を作らせたら、誰にも負けないぞ。」とモグラの床屋さんが・・・。

 
 皆、経験もないくせに、いっぱしの名優気どり、スタッフ気どりで口々に言いましたので、ついに皆はこの劇団作りに本気になってしまいました。  そこでこれでは話がまとまらないということで、先ずは居酒屋を代表してワシの演出家と山イヌの脚本家が選ばれることになりました。ワシのギンジロさんはじっさいに役者さんでしたし、山イヌのケンタ君はまえに動物演芸界で働いたことがあったからです。こうして劇団の偉い人が決ると、今度はこの二匹にたいして、喫茶店の店長ネコや花屋ウサギや「ロレットット」のキジ親父までがいろいろ自分の役を頼みます。


「わかりました、わかりました。セリフをいっぱい言いたい者は、一行につきドングリを百個で増やしましょう。千個も出せば一人芝居も出来ますよ。」 こう、脚本家に選ばれた山イヌのケンタ君が言いました。すると、負けじとばかり演出家のギンジロさんも下らないこと言います。

「ト書を詳しく書いて、芝居のこつを教えて上げるから、そう願いたいものはドングリの二千個も出しなさい。」
 

 どうも今宵、この二匹も杏子酒にあおられて、あやしげなものです。それでも、何とか七月の月が光宴池の森に沈む頃までには、参加者や劇の大枠が決り、次には早速にもポスターを作ろうなんぞ、皆、酒のめぐりがいいものですから、「真剣に、真剣に。」等と叫びながらも、どうも気が早いものです。こうして、動物達がワイワイ言いながら自分の寝ぐらに帰っていったのは、下淵沢と新森の間をつなぐ鉄道線路がすっかり青く眠ってしまった頃のことでした。 さて、皆で物を作ろうなんて言うきっかけは、こんなちょっとした「ノリ」からのことだと私も思います。

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