top of page

(六)配役発表


 それから、三日たちました。みんなの芝居の題は「最後の殿様-ラスト・イン・トノ」ということになりました。 
 ネズミのチョリノが、人間の町にあるシネマ館に忍び込み、人間の足の間から見た幻燈映画というものの題を提案したのです。 

 

「いやあ、すごい混雑で僕はいつ踏まれるかとひやひやしてみてましたよ。話はさっぱりだったけれど、何か大きな建物があって、この森の樫の木みたいでしたな。あのタッチで行けば、これは動物達でも最先端、受けますよ。」

 

 でも、誰も見たものは他にないし、題名だけを借りようということになったのです。
 

「とにかく幻燈も芝居も、これは見ないと話になりません。何も見ないで判ったような事を発言する動物が良くいますが、そういう動物に限ってドングリ儲けがうまかったりして非常に不愉快です。」 
 ネズミのチョリノは分厚い眼鏡を鼻の上でピクピクさせながら、ちょっぴり不満そうに、鷲のギンジロに言いました。

zoo09_edited.jpg

 さて、題名が決ったものの筋もなにもあったものではなく、どうせ上演当日はみんな思い思いに勝手なことを始めるかもしれないということで、ごく簡単な話が犬のケンタから次に説明されました。ネズミのチョリノは又、ちょっと不満そうでした。

 

 その話とはこうです。今から、動物歴十年位前(人間に置き換えると百年位前)、様々な国と交流をもとうと言うことで、時代は新しい波を迎えようとしていたのですが、トカイ山のはずれにある下淵沢の国の殿様だけは、この波に乗りおくれていました。周りにいる家来達は、新しい時代にこの殿様だけはついてゆけないだろうと心配して、いろいろな世間の動きを報告しなかったのです。そのため、もう麦の穂のちょんまげなど、どこの国の殿様でもしていなかったのですが、この国の殿様だけはそのままでした。


 さて、時代に取り残されているとは言え、この国は大きく、豊かな暮らしをし、人々は殿様を愛していましたから、それはそれでよかったのです。ところが、トカイ山をひとつの大きな国にまとめようと企んでいるプリント森の大臣が、この殿様を亡きものにして、下淵沢を自分のものにしようと考えました。そこで、殿様の家老の三太夫という悪者が、ひそかに殿様を殺す裏切り役を引受けることになったのです。 


 話は大体こんなところです。最後がどうなるかは練習しているうちに作ろうということです。ただし、役者をやりたい動物達がいっぱいいますので、役だけはいっぱい作ってしまいました。いよいよ、演出家のギンジロからその晩、配役が発表されました。


「それでは、報告します。しかしその前に言っておきますが、皆さん、役に不満があったり、文句があっても、これはあくまで皆で楽しむ芝居ですから、そういうことのないように御願いします。ああ、この方はよくやってるなと私たちが思った時は、その方の台詞はじゃんじゃんふやしますし、どうかねみんな、それぞれの個性を活かした工夫を御願いします。それでは、発表します。」皆はシーンと静まり返り、固唾を飲んで発表を待ちました。 
「まず、最後の殿様は・・・キジ親父にたのみます!」
「ヒィエィ!」キジ親父はカウンターの中でとびはねて喜びました。皆はアアーア等と言ってざわめきました。
「ただし、台詞は今のところそのヒィエィだけです。なにがあってもただ、それを言ってもらいます。親父さんは普段のままの地を出してください。」これを聞いて、キジ親父はカウンターの中でひっくりかえりました。皆は拍手を送りました。 
「次に悪家老の三太夫は、狼のトッペンさん御願いします。」 
「なんで、僕が家老なの。」
年老いたペンキ屋のトッペンさんが言いました。 
「あなたがこの店で一番口が悪いし、それに最近はすぐ疲れた、疲れたと言うので、つまり過労気味なので家老役がぴったしです。台詞はなにかというと、私は家老、皆さんにあっては御苦労さん、このふたつです。」これを聞いて、キジ親父はカウンターの中で、寝てしまいました。 こんな調子で、すべての役が決りました。

zoo10_edited.jpg
zoo11.gif

 最後の殿様・・クタイ・モンスケ(キジ)
 その妻・・・・クタイ・トメ(キジ)
 家老三太夫・・タカリ・トッペン(老オオカミ)
 茶坊主(実は三太夫の手下)・・・・・・キッタン・ヨシジ(老タヌキ)
 霧の精・・・マックラ・アサケ(カエル)
 若侍ジンタ・ユタリ・コウコウ(イヌ) 
 プリント大臣・コウタラ・イッキ(サル)
 腰元A・・・エンコ・トトリ(イノシシ) 
 腰元B・・・ナクト・ダダコ(ヤマネコ) 
 他多数 


  この他、照明係り、音響係り、舞台装置係り、きっぷ切り係り、衣装係り、等等、みんな持ち回りで決ったのです。

  その時、ガラリと扉があいて、河童のイケトさんが入ってきました。 
「あっ、イケト・マッスグさんだ。」 皆はすぐにイケトさんの方を見ました。
 

 イケトさんは、動物演芸界の有名な仕掛け人で、カラスのイナセマキ氏や、赤いトンガリテントの唐辛子劇団などの芝居をあちこちの森で手掛けていましたが、偉ぶったところがなく、動物望(人望)が厚く、しかも下淵沢の池の住人でした。河童イケトさんの罠にかかると人間の猟師までが自分の仕掛けた罠を悪いことだと思ってしまうほどですからたいしたも

のです。 イケトさんは、そうとう杏子酒を飲んで来ているらしく、そのことは頭のお皿が真っ赤なのでも判るのですが、とてもいい気分になっていましたから、
 

「オヤジ、劇団をやるんだってぇ。そりゃいい。応援するよ。」 と、力強いことを言ってくれました。ワァーイと又、皆大喜びです。 
「ところで、ケンタ君。劇場はもう押えたかい。」
 日頃から尊敬しているイケトさんにこう言われて、山犬のケンタはハッとしました。
「まだなんだろう。駄目じゃねぇか、すぐ押えなくては。もうどこも半年から一年も先に予
約が埋まっているよ。もう腐るほどにトカイ山には劇団があるのだからねぇ、だから早くしなくては。今はね、企画より先に劇場を押えるってなぐらいだから、それからゆっくり企画を練れりゃいいじゃないか。」イケト・マッスグの名の通りの素早く切れの良い口調の指摘でした。そこで、劇場ドングリ費の方は、イケトさんが後で下淵沢広場劇場の支配人、山猫さんに交渉してくれることになり、とにかく劇場を押えようと言うことになりました。
 

 茶坊主役の若タヌキ、キッタン・ヨシジがその役目を明日にもすることが決まり、後はイケトさんを囲み、専門的な色々と忠告を聞きながら夜がふけましたが、イケトさんは最後に音楽は生演奏がいいだろうと言って、自分の事務所に所属する女河童弦楽四重奏団・プラス・アコーデオントリオを貸してくれることになりました。
「ロックン・ロートではもう駄目ですか?」若ガエルのアサケがリボンをふりふり聞きますと、
「ああ、それもうないよ。西洋の動物ロックン・ロートは今やキリンのオペレ歌手たちと組んで演奏会するくらいだからねえ。もう、芝居の音楽も生楽器になどによる古典の新生化時代だねえ。それにね、今店に流れてるこのレゲゲッゲ、これなんか古いね。」
イケトさんはこう得意そうに言いきりました。 これを聞くと、キジ親父は又、カウンターの中でいびきをかいて寝てしまいました。

bottom of page