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(八)リハーサル

「親父さんはいいよ、それでも殿様の役だもの。僕なんて男なのに女の格好をさせられたうえに台詞と言えば、何かと親父に向って、御機嫌はいかがでござりますか、こればっかりだもの。すると親父はヒエエイーって叫ぶけど、僕はその時どうしたらいいかと、もうかっこわるくて嫌になっちゃったんだ。」 
「じゃ、役を変わってやるよ。」
キジ親父は、これを聞くと言いました。 
「まあまあ、ちょっと待ってくださいよ。」先程から話を聞いていた、ケンタが言いました。 
「コウタラさん、まだ練習が始まったばかりじゃないですか。本も変わって行くし、台詞ももっともっと増えるだろうし、それにこれは楽しみながらやろうということで始まったのですよ。あれじゃ、いやだ、これじゃあ、いやだ、と言うのではなくて、皆が楽しむために始まった話じゃないですか。」 


「じゃあ、言いますけど、」それまで黙っていたイノシシのエンコが鼻息もも荒くして口を開きました。 
「ケンタさんの言うことはわかりますが、霧の精になったカエルのアサケなんか、もうあっちでもこっちでも自分の役の事を言い触らして歩いていて、私がほとんど主役ねなんて言ってるんですよ。私の付人に二人の腰元がいるんだけど、これがイノシシのエンコとサルのコウタロがやるの。お似合いね、なんて言ってるものだから、私が森を歩いていると皆が馬鹿にするんですよ。どこが一体、皆で楽しむ芝居なんですか。もうこんなのよしましょう。」エンコは本当に怒っているようでした。

 
  こんな具合でしたから、キジ親父は怒りだし、ケンタはあきれるし、二匹も中々心にたまった不満が溶けそうにありませんでした。今日の所は、何とか説得して二匹を帰らせましたが、 
「あの二人は、止めるかもしれないね。」ポツリとケンタが言いました。 
「まったく、話にもなんない。もうそうなったらこの店にも来させないから。」キジ親父はそう言うと、がっかりと肩を落しました。  

 

  演出家のギンジロが降りることになった話から始まって、このような話は次々に起こってきたのです。実際に秋の仕事が忙しくなってしまった者は仕方無ないとして、ある者は台詞のことで、ある者は芝居の熱がさめてしまい、理由はどうあれ劇団作りの話なんぞは現実の生活から眺めたら所詮、真夏の夜の酒の上の物語にしておけば、それでいいじゃないか、こう言う気持ちが秋風とともに皆の心に吹いてきたのです。

 

​ こうなると次第次第に、皆は練習に来なくなり、居酒屋「ロレットット」に足を運ぶ動物達も少なくなっていきました。秋風が本当に楓路地の暖簾を吹き過ぎていったのであります。

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 そんなある日、鷲のギンジロに変わって今度、演出家に選ばれたネズミのチョリノが樫の木のカウンターに座って、木の実をカリカリやっていましたが、 
「ねえ、ケンタさん、僕は考えたんだけど、この芝居自体がつまらなくって皆こないんじゃないだろうかね。つまり、皆が来ないのは台詞とかそう言う問題ではなくて、話自体に引かれるところがないと。もしそうだとすれば、これは見に来る動物達も面白くないのじゃないだろうか。」 
「だって、まだ時間もあるし、本当の芝居の詰めまでいってないじゃないですか。それにこの芝居のテーマを最初に言い出したのはあんたですよ。」
犬のケンタは本の事を言われたので、ちょっとムッとして聞き返しました。 

「いやいや、そうむきになってはこまります。私の言いたいのは、なぜ素人劇団と西土ノ森劇団などが違うかと言うと、演出家のイナセマキ先生の人気は勿論根、人気動物が出ることもあるが、一番の違いは何をやるかという主題に対する、脚本の目の付け所がイナセマキ先生と違うのではないかと。

「それは僕はイナセマキじゃないですよ。では、時代劇はつまらぬ というのですか。」 
「まあ、まあ、そうも言えますが、僕が言いたいのはですね、もっとこう今日的なテーマとテンポのことです。早く言えばもっと、現代的な動物達の風俗を取り入れることですよ。」 
「チョリノさん、ちょっと待ってくださいよ。僕は何も専門的な劇団を作ろうなんて思ってたわけじゃありませんよ。フクロウさんが言うようにここに集まる皆でひとつ何かしようというその気分にのったんですよ。」
「だから、いけないんじゃないんですか。そりゃあ最初はそうでも、いざそうなると皆、その気になるのだから、そこで、スタッフの我々は皆の気を引くために、もうひとつ先に進まなければいけませんよ。そうすれば皆ついてくる。すなわち話がもっと面白くなって、皆が興味を持つ様なものに変えるわけですよ。」 
「そうかな、そんなに面倒なことかな。僕はただ、普段皆がお祭り好きだから、芝居をやること自体に乗ったんだと思ってたんだから。だって最初から素人でやろうってんだからな」
こう、ケンタが言ったときです。 


「違うようよーだ。」キジ親父がこう言って、バンダナを引き締めながら出てきました。 
「チョリノ。それは違うよ。そんな理論とかそんなことはどうでもいいの。皆はね、ただ飽きっぽいだけなのさ。最初はいいけど、自分自分の生活に戻ると、ああ、あの時は酒の勢いで、そう言ったけど実際はそううまく行くまいって思いはじめちゃうのよ。自分達が面白がったことを、実行に移そうとなると、面倒臭くなってしまってね。飽きちゃうの。ただそれだけ。」  
 こう言うと、キジ親父はちょっとそこまで行ってくるから、適当にやっててと言って、店を出て行きました。

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