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(九)再び、キツネのギャラ公の事な

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 こうして、店を出たキジが先ほど私が座っていた草むらにやってきたというわけです。
 キジはぼそぼそと今までのこうした経過をつぶやいていましたが、
 「みんな、困ったことだ。」と言って夕空を眺めました。

 「楽しい仲間達で何かを作りだすことが、実は一番難しいことだ。」
キジ親父のこう言う言葉を聞いて、私は本当にそうだと思いました。きっかけが何であれ、言いだしたら最後までやりとおすというエネルギーを保ち続けることは、人間社会でも中々出来ないものです。結局一番話しに乗って動きだしたものを横目で見ながら、仲間達は去ってゆくのです。


 「あれは冗談だったんだよ。」とか「馬鹿言え、本気であれをやるつもりだったのかよ。」とか言って。そうなればこのキジ親父は道化者になってしまいます。
 「結局、皆は自分の仕事の不平や不満の吐け口として店に来ては、何か面白い事をやろよとか、何か面 白いことはないかな、なんてたえず言ってるくせに、いざとなるとだめだな。皆の不満の吐け口の店をやっている僕なぞは、ではどうしたらいいんだい。」こうつぶやくキジの顎髭に冷たい秋風が通り過ぎて行きました。その時分になるとポッカリとした月が森の上に昇っていましたが、月の光りを浴びた丘の草たちは小波のように光りました。


 その時、私は森の木陰にさす月の光りの中で、何か黒いものが動くのを見つけました。どうやら、その影はさきほどからこちらの様子を伺っているようでした。


「おや?あれは、」 やがて、キジもその影に気づいたのか、しばらくそちらを見ていましたが、
「なんだ、おまえ、ポスター屋のギャラ公じゃないか。え、一体そんなところで何をしてるんだい。」そう言って、物陰の方に歩いて行きました。


 そこで、よっこいしょと、私も立ち上がり大きな背伸びをすると、何事もなかったかのように町の方に歩き始めましたが、実にどうも心の中ではこのギャラキツネの登場にわくわくとしていました。それにこの先、下淵沢の素人劇団はどうなってしまうのかも気になってしまいましたから、そこで、私は澄まし顔で口笛なんぞを吹きながら森の脇道を行きましたが、曲がり角まで来るととっさに身を翻し、音のしないようにキジとキツネのいる木立まで近づいて見たのです。すると、
「親父さん、どうにも恥ずかしいんだが、」というギャラキツネの沈んだ声が聞こえて来ました。
「あの、皆でやろうといってた芝居のポスターはもう出来たの?」
「いや、まださ。お前がやってくれないのでどうしたものかと考えていたところだよ。」


 これを聞くとギャラキツネの顔が明るくなりました。
「そう。それじゃ、ひとつこの僕が作ろうかな。」
「何、今、なんて言ったの。お前がやってくれるだって。ああ、駄目だ駄目だ、お前はドングリが高いし、第一忙しいだろうしね。」キジ親父はこう言うと木の根っこの切り株にのっかりました。
「いや、いや親父さん、ドングリは取りませんよ。実はね、良く考えたんですがね。僕のいる演芸界はどうも自由じゃないですよ。ポスターひとつにしてもああしろこうしろと注文ばかり多くてね、下請けの仕事というものには自分の発想は中々生きてこないんですよ。」ギャラキツネはこう言って、自分も又枯れ草の上に座りました。


「お前ほど有名になってもかね。でも仕方ないじゃないか、それでドングリを一杯貰っているんだから。」
「ああ、そうですね。仕方ないですね。でもね、先日のイナリマキのポスターだってちゃんと作ったのに又、怒鳴られちゃいましたよ。いやいや、ミスプリントをしたんじゃないですよ、僕だってプロですからもう昔とは違います。ただ、一点だけ自分はこうしたほうがいいなと思って自分の世界を入れたら、何のこともない、その直したところだけがイナリマキに良くないと言われたんです。かと思ったら、まあ、周りにいる絵も判らないお偉い方がさも判ったように皆、口を合わせて、そうだ、そこは変えたほうがいいなんぞと言いだした。どうも僕は自分がいいと思ったところが、みんなに駄 目だと言われる。最近はそんなことが度々なんです。」
「ウーン、その話しもどうも仕方ないんじゃないかね。」
「ウーン、仕方ないですね。才能がないのかな。」こう言うギャラキツネはもう本当に情けなさそうでした。すると、突然、
「馬鹿言っちゃいけません。才能じゃありませんよ。よーし、良く判った。」
こう叫んだかと思うとキジ親父は、切り株を離れ、バンダナをキュッとしめながら言いました。

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「ヨーシ、お前に、今度のポスターのことは全部まかすからひとつ思う存分、愉快なのを作ってくれないかい。何、ドングリだって少しは出せるよ。それにお前がポスターを作ってくれると知ったら店に来る仲間達もどれだけ力強く思って、大喜びで又集まってくることか。」


 ギャラキツネはこの言葉を聞くと、パッと顔が明るくなり、
「親父さん、僕、やります。」
そして、何だか少しばかり目を濡らしたようでした。
「それじゃ、さっそくにも今から打ち合せがてら店で飲もう。里芋のにっころがしもあるしケン
タ君もチョリノも来ているぞ。」 
「ああ、あれは本当にうまいですね。僕達はいつも山猫のレストーランでうまくもない西洋料理ばっかり食べてましたからね。」
「そうやって、気取ってばかりいるからだめなんだ。ハハハ、」キジ親父はこう言ってギャラキツネの肩をポンと叩くと、二匹は森の中に入って行きました。


「中秋の名月の晩は楽しくやろう。皆、又集まるぞ、ヒッエイイ!」キジ親父の甲高い声が、響きました。

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