top of page

(十)いよいよ幕開け

 


 季節は流れ、下淵沢の森もすっかり色づき始めていました。私の商売も順調に進み、私はたびたび隣町まで足を運びましたので、この下淵沢の森の傍らをよく通 りかけました。ただ仕事が忙しいのであれから「ロレットット」に集まる動物達がどうなったのか良くは判りませんでしたが、頭のどこかに彼らのその後が知りたいという気持ちがありました。


 そんなある日、中秋の名月まで二週間ほどのこと、私は森のあちこちの木の幹に、不思議な模様の楓の枯れ葉が、松脂のようなもので貼られているのに気づきました。


「もしかしたら、これがあのポスターかも知れない。」そう思うと、私はとっさに首を反対に曲げて、下の方から楓の葉を覗いてみました。するとどうでしょう、次のような文字が私の目に飛び込んできたのです。


「売りきれ、間近。追加公演決定!下淵沢動物劇団旗揚げ公演。」 


 おや、おや、まだ中秋の名月も来ないのに、もう再演などと言っているのはずいぶんと威勢のいいことだと私は笑いました。でもこの調子だと、きっと動物達の間ではあの後さまざまな出来事があったのでしょうが、何とか芝居が出来上がったのかもしれません。私の胸は躍りました。


 それから一週間がたち、寝待ち月、十三夜、立ち待ち月、宵待ち月、月は私の胸の中のようにふくれて行き、・・・夜のページをめくって行きました。 そしていよいよ明日が中秋の名月という晩のことです。私がいつものように草むらで、煙草を吹かしていますと、あのキジ親父が急ぎ足で私の方にやってくるのが見えたのです。私はその格好を見るとおもわず吹き出してしまいました。何だって、その髭面 の上には白粉花のドーランが塗られ、鼻の頭にはグミの実の液が真っ赤につけられ、開いていないような目の淵には黒々とした線が引いてあります。そして蔦や何かの木の皮で出来た衣装の上には、光苔やら、花やらの装飾が貼られ、それを引きずり引きずりしながら走ってくるものですから、キジ親父はヨロヨロしながら来たのです。頭の上ではやはり、麦の穂がチョンマゲのように揺れています。


「ああ、しんどい。こんな時代遅れのチョンマゲがじゃまなんだな。」
 でも、似合ってますよ、そう言おうとすると、
「ああ、時間がない。時間がないから簡単に話します。これは招待状という物です。お受け取りください。何を喋っているかわからないでしょうが、とにかくあなたは最近私たちの周りをウロウロしていたでしょう。私はちゃんと知っていたのです。」
「別に私は悪いことをしようなどとは思っていませんよ。ただ、」
「ああ、何も言わないでください。私にはちゃんとわかるのです。あなたは何も出来そうにない人だってことぐらいはね。いや、怒らないでください。私はただ、人間と動物がコミニュケーションを取るために森の中でどんなことが起こっているのかを見ていただきたいのです。あなたのような人にね。」 キジ親父はこう言うと、白樺の皮に何か書いてあるものを私に差し出しました。 
「ありがとう。招待状ですね。必ず行きましょう。」


 私がそれを受け取ると、キジ親父はやっと八つ出の葉で出来た扇で、顔の汗をあおりました。それから、
「おっと、こうしてはいられない。リハーサルが始まってしまう。それでは失礼。」 


 こう言い残すと、また来た道を森の方に帰っていってしまったのでした。

zoo19.gif
zoo20.gif
bottom of page